「エイダさあん。」 人に甘えることが上手でない私だが、思わず艶やかな黒髪のエイダさんの姿を見かけたら走り寄ってしまった。 まだ昼をまわった時間なので、夜メインのエイダさんはいないかなと思っていた矢先の再会。私の気分は上々だ。 一応、ディックさんをマスターとエイダさんに紹介する。
昼食を食べに来た客をひとしきりあしらった後、「どうしたの?」とばかりにエイダさんはエプロンを脱いで、椅子を引いて私の側に座った。さすが、頼りになる姉御です。
私はエイダさんが手薄になるまでの間、美味しいランチをディックさんと堪能して待っていた。ホクホクの緑豆と噛むと肉汁溢れる豚肉の煮込みを固い米にかけただけの物…なのになんでこうマスターのつくる食事って美味しいのかな。
「女同士の話をするから」とディックさんを遠くの席にに追いやり、私はエイダさんと2人で並んで座って話し始めた。
まずは近況報告です。
詳しくは話せないので、とある上級貴族の元で事務仕事をしていることを話す。雇い主の貴族と他の侍女との間にいる私の微妙な立ち位置の話や、美味しいけど物足りない食事の話など。誰かと会話することをクールデンで知ってしまった私にはエイダさんとの会話は止まらない。
一気に話をして、私は側にあったグラスの水をグイッと飲み干した。
(…あー、こうして誰かに話を聞いてもらうのって良いよねえ。母さんとどうでもいい話を尽きることなくした時をちょっぴり思い出しちゃうな。)
過去を思い巡りボーッとしてしまった。気が付けば目の前には
「アーシャちゃんは王都に居られなくてクールデンで暮らしていたけど、ロベルト様の用事で連れ戻されて、今はとある貴族さまの所で働いているで合ってるかしら?」
「えーと、はい。」
「で、今の生活には不満があると。
私の両手を見れば、手荒れもだいぶ良くなっているし、着込んでいる服も平民にしたら上質のものだ。
毎日、汗水垂らして一生懸命働いて、あっという間に一日が経ってしまう生活の人々にしたら、私の愚痴なんて、誰かに愚痴るなんてワガママなのは分かっている。私がなりたかった庶民にとって、仕事以外にも食と住が保証されていることだけでも感謝して当たり前ですごーく恵まれていることで、それ以上を望むのは贅沢なことも分かっている。
ただ、ちょっと誰かに聞いて欲しかったのだ。
私の言葉はだんだん小さくなっていった。自然と目線も下を向いていく。
「ワガママなんかじゃ無いわよ。さあ、顔を上げて。」
いたずらっ子のような無邪気なエイダさんの顔が再び私の目の前にあった。
「訳ありで、秘密がたくさんありそうなアーシャちゃんが私を選んで愚痴ってくれたんだもん。うれしいわ。気になってちょっかい出していたのは私だもの。信頼してくれったってことでしょ。なんか、そうねえ、姉になったみたいで気分が良いわ。」
「姉ですか? 姉より友達の方が良いです。」
「そう? じゃあ、私達はと・も・だ・ち・ね。」
エイダさんは両手を大きく広げた後、魅力的なボディで惜しみなく私をギュウッと抱きしめた。店内から羨ましそうな男性の視線を感じる。エイダさんを独り占めしているものね。
私の顔は真っ赤だ。…同世代の魅力的な女性に、ここまで露骨な親愛表現をされたのは初めてなんだもの。友達が初めて出来たんだもん。エメリーさんはどっちかっていうとお母さんって感じだったし。
(私もうれしい。ちょっと恥ずかしいけど。…身体が固まるぅ…)
「おい、お前達いつまでそうしているんだ?」
変な顔してディックさん登場。離れていたのに寄ってきた。
辺りにグルンと首を回して、猛禽類並みの鋭い目でキッとにらみつけている。何で威嚇しているんですか? 迫力ありすぎですよ。そう、思っても口には出せない私。
「ふふん、いいでしょ。羨ましいでしょ。皆に見せつけているのよ。」
「あんた、分かっていて敵を増やすタイプだな。」
「素直でかわいいアーシャちゃんはそんな私の友人なのよ。それに自分から敵には近づかないわよ。」
力で引きはがされたエイダさんは、ディックさんに不満を隠そうともしないで頬を膨らませている。ディックさんの目力に負けないエイダさんは勇者です。
「俺はちょっと詰所に行ってくる。荷物は置いておかせてもらうぞ。アーシャ、まだ帰るなよ。1人で帰るなよ。俺が戻ってくるのを待っていろよ。わかったな。おい、マスター、この2人のことちゃんと見ておけよ。」
コクコクと頷くマスターの姿を見届けて、ディックさんは私の頭をポンポンと叩いて、めんどり亭を出て行った。
何でそんなにディックさんは私を子供扱いするんだろう? 成人している女性に失礼とは思わないのかな?
「もう私は大人なのに。子供に見えるのかな?」
「「……(子供には見えないけど、だまされやすいカモに見える)……」」
思わずつぶやいた私が横を見れば、ウンウンと頷くマスターとエイダさんの姿があった。
ちょっとショック。ダメージ受けました。
「えーん。」
泣いてやる!